今だからこそ地鎮祭の意味合いを考える [コラム(blog版)]

地鎮祭とは建物の工事を始めるに当たって、工事の安全と建物の末永い神の加護を祈る儀式です。地鎮祭の歴史は古く、日本書記にはその記述がありました。実際に建築儀礼として認められ広く普及していったのは、江戸時代後半だと考えられているようです。現在でも、減りつつあるといわておりますが、まだ一般的に行われており、個人的な住宅の建築においても行われています。

地鎮祭のプログラムは、形式化された儀式ですが、施主にとっては、なかなか経験する機会の少ないイベントであり、各人それぞれの思いや個別のストーリーがあるものです。施主は鍬入の儀や玉串奉奠といった儀などに加わり、単なる参列者ではなく具体的に参加します。コーポラティブハウスのように共同で参加体験することは、儀式が参列者共通な固有の一つの記憶となり、この共通の体験や記憶は連帯感にも繋がっていきます。
本来、家を新しく建てるということは、街なみに加わることであり、景観の一部になるということです。地域文化の形成の一端を担う社会的責任ある行為が、最近では、家を建てるから、買う時代に移りつつあり、家を建てる意味合いが希薄になってきています。地鎮祭の体験を通じて、施主としての自覚が芽生え、社会的な責任と個人の喜び、家や街に対する誇りと愛着が増すことは、今の時代、ますます重要になるのではないでしょうか。

次に地鎮祭の流れと意味合いを一通り説明します。

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コーポラティブハウスの可能性・・・・実例(世田谷区上野毛clank) [コラム(blog版)]

「はじめは一家族の住まい探しの為に始まった土地探し、最後は4家族のためのコーポラになった。」


clanka.jpg


世田谷区上野毛にあるコーポラティブハウス「clanka」がその建物です。
最初は、お子さんの学校の都合があり上野毛エリアで戸建用地を探しているという方からの要望を頂き、一緒に土地探しを始めました。
土地探しをすると、戸建に丁度良い大きさ + 手頃な価格の土地 =なかなか見つからないものですが、予算に見合う土地が見つからなかった場合、戸建を諦めるか?予算内で買える土地が見つかるまで探す?あなたならどうしますか?

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歴史はくり返す? [コラム(blog版)]

時代と共に人類は進歩するというのはあたりまえだと思われていますが、歴史上には大きな後退時期が存在します。西洋にも東洋においても輝かしい古代文明の後、暗く長い停滞の時代がありました。

ヨーロッパでは古代ギリシャやローマ帝国が衰退してからルネッサンスまでの間、いわゆる暗黒の時代と言われる時期です。もちろんこの時期が次にくるルネッサンスの下地になっているのですが、土木建築一つをとっても、コロッセオや水道橋というような高度な技術と規模の建築ができたのは古代文明の時で、その後の数百年いや千年前後もの間、特筆すべきような建築物はつくられていません。経済の後退なら容易に想像できますが、技術までも大きく後退した過去が実際にあったのです。

セコビア水道橋

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「すまいの品格」と「建築の品格」--#2 [コラム(blog版)]

前回の続きです。

そもそも、品格と言うような暗黙知を明示知に置き換えることがとても難しいのですが、すまいとして本来持つべきものの中でも、性能とかスペック(仕様・グレード)の部分は、比較的誰にでも判りやすい部分です。数値化やマニュアル化もしやすく、具体的には『コンクリート強度やスラブ厚さ』、『断熱性能』といった建物の仕様や『階数や向き』、『防犯性・防音性』、『設備』、『デベロッパー&売主』といった様々な項目に分けられ、それを点数化しているところもありますし、それこそ住宅性能表示と言った法律で定めた制度もあります。
性能が優れていて設備も申し分ない、仕上げも値段相応であれば、一般的には評価の高いすまいになるのでしょう。すまいの品格を目指して、不動産広告では、性能の数字自慢や、設備機器の多さや豪華さを競いあっています。

しかし、そこに見えるのは、
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「すまいの品格」と「建築の品格」--#1 [コラム(blog版)]

国家に始まり女性や親、、、、いろいろな品格が本になっていますが、すまいとか建築の品格というのは、まだ目にしたことがなかったのでちょっと考えて見ました。品格、辞書には、「その人やその物に感じられる気高さや上品さ、品位。 」とあります。上品と言うのは豪華さとは違います。分不相応に豪華なのは、かえって下品になりやすいものです。品格には「分相応の誠実な姿」つまり自分の才能、立場や役割において、成すべきことをなし、してはならないことをしないといった、バランス感覚や襟元の正しさといったような意味合いも含むと言えそうです。

では本題の「すまいの品格」を考えてみます。

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分譲と賃貸どちらが得か? [コラム(blog版)]

この手の記事をよく目にしますが「得か?」という言葉やテーマのせいか、支出する金額の比較ばかりで、「人がそこで生活をする」「満足に対して対価を支払う」という、最もあたりまえの観点が抜けてるところが、むかつきます!笑) 僕ら設計をする立場は、もちろん、コストやスペック、最新設備も大事だけれど、何を一番大切にしているかといえば、言葉にすることが難しく、数字にも置き換えられない「満足」や「幸せ」であったり「喜び」であるわけです。そのあたりにまったく目を向けず、お金の比較計算ばかりしてるのを見てると、何かが欠けていると違和感を感じざるをえないのです。
もっとも、あっちこっちで一生懸命、コストを比較すると言うことは、分譲も賃貸も生涯コストに大差がないということなのかもしれませんし、実のところ誰もわからないんじゃないかとも思います。・・・・と言うことで、このはなし、中身や結果ではなく、すまいに対して損得勘定ばかりしてるそんな姿勢が貧弱なんだなと気が付きました。

コラム目次 [コラム(blog版)]

「ZERO-ONE OFFICE:home」「コラムページ」をゼロワンブログにもアップしました。
今後もブログと併行してコラムは増やしていく予定です。

目次:
「コーポラティブハウスについて」
#08.設計者の欲が出て大赤字
#07.手塩にかけた創作住居は娘みたいなものだ
#06.実現しなかったプロジェクト 実測売買ができない
#05.コーポラティブハウスの資産価値
#04.地下室の有効利用
#03.郊外におけるプロジェクト
#02.プロジェクトの立ち上げ(土地取得について2)
#01.プロジェクトの立ち上げ(土地取得について1)

「住まい考察」
#12.「永遠」に対する考えかたについて
#11.道具
#10.ラドンについて
#09.家相について
#08.常識とは? 土地の価値基準が変わる(2)
#07.常識とは? 土地の価値基準が変わる(1)
#06.資産とは? 豊かさの基準基準が変わる
#05.家と通りの関係がおかしい
#04.インターネットがもたらすもの
#03.地鎮祭
#02.結露と外断熱について(2)
#01.結露と外断熱について(1)


ZERO-ONE OFFICE:コラムページ
  1. 2005/01/03(月) 00:01:00 |
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コラム「コーポラティブハウスについて」#08.設計者の欲が出て大赤字 [コラム(blog版)]

これだから建築家の設計する家は困るんだとお叱りを受けてしまいそうだが、創作住居の場合、ゼロワンオフィスは実に微妙な立場にある。求められてもいないのに、ついつい設計者の欲があちこちに顔を出し、工事費が当初予算をオーバーしてしまうのだ。機能的な部分や色などについて入居者の希望を聞きながら決めていくのであるが、基本設計が出来た段階で参加者を募ることもあって、外観や 共用部のデザインやコンセプトなどは最終的にゼロワンオフィスで責任を持って決めていくことにさせてもらっている。
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コラム「コーポラティブハウスについて」#07.手塩にかけた創作住居は娘みたいなものだ [コラム(blog版)]

基本設計段階から、さまざまな思いが蓄積されていきながら建物は現実化され、完成したときにはまさに自分の分身である様な気持ちにもなる。しかし、そんな感慨にふける間もなく、竣工すると突然自分たちの手を離れていくことになる。
昨日まで当り前のように行き来していた部屋は、ある日を境に黙って入ることが出来なくなる。引渡しをすれば当然なのだが、なんとも不思議な気持ちである。隣の部屋もその隣の部屋も、、、次第に不思議な気持ちはなんともいえないさびしい気持ちに変わってくる。
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コラム「コーポラティブハウスについて」#06.実現しなかったプロジェクト 実測売買ができない。玉川田園調布PJ [コラム(blog版)]

ゼロワンオフィスでは土地の契約を済ませた確実なプロジェクトの募集を原則としている。玉川田園調布のプロジェクトTD-eavesも同様に土地の売買契約は済ませた。
手付金として1000万円以上の金額も払い募集に踏み切った。
土地の契約に至るまでにはもちろん相当な労力を必要とし、数多くある情報の中で勝ち抜いてきた、いわば選りすぐりの土地であったわけだ。
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