新国立競技場のやり直しに当たって思う事 [murmur語録]

ちょっと、長文になるが、今回の新国立競技場騒動について、不思議と誰も言わない疑問があるので記したい。
建築関係者の中では、コンペ覇者のザハ・ハディドと審査委員長の安藤忠雄ばかりに責任論が集中していることだ。
無論、2人は元凶と言われても止むを得ない立場であり、責任があることは確かではあるが、実務レベルの設計者は誰だと問いたい。彼らは設計者ではなく作図しかしない立場なのだろうか?コストなんて関係なく、無事完成すればいいと請負っているのか?そんなはずは無い、設計料だって責任だってデザイン監修のザハより大きいはずだ。
ゼネコンも国際コンペで選ばれた国家プロジェクトという事で、コストに対しての意識が薄かったとは言えないだろうか?
工事費の高騰が、人件費、資材などの物価の上昇とキールアーチを持つ特殊なデザインの2点ばかり言われているいるが、誰もコストを抑えようといった、当事者意識の欠如が拍車をかけたと考えられる。
実は当事者達は発注者側も含め、コストがこんなに問題になるとは考えていなかったのではないか?
実務設計者は技術的に施工可能な様まとめる事、発注者の要求をもれなく織り込むことなどで精一杯。ゼネコンはスケジュールどおりに完成させるべく、調達やら仮設計画などで精一杯。JSCや文科省、国はそれこそ予定通り実施できれば良く、気にしていたのは面子だけ。こんな体制でコストが予定通りに納まるわけがない。

ザハ競技場
画像:「myscape.jp」より


しかし、より本質的な問題は、、、 あの場所に、はたして現計画のような巨大施設が本当に必要なのか、相応しいのかという事だ。
ビルの隙間から見える東京ドームのスケールアウトした姿にギョッとしたことは無いだろうか?今度の場所はもっと、あからさまに居座ることになる。神宮100年の森だったはずが、コンクリート支柱の森になる懸念がある。地盤の高低差があるため、人工地盤を設けているようだが、道路から見れば高架下と同じ景観になる。町並みをぶち壊す高速道路下の居心地の悪さは極めつけだ。日本橋の上に高速を通してしまうような愚策に通じることを繰り返してはならない。
改めてコンペをするのは大いに結構だが、同じプログラムでは似たような結果を招きかねない、ましてや、コストとスケジュールさえ合えば良いと言うような方向にだけはなって欲しくない。是非とも、設計条件の見直しからして欲しいものだ。
新競技場人工地盤

この予想図のように人工地盤の下はいつも明るくて、人が多いなんてことはありえない。かつて青空の下、テニスなどで賑わっていた広場は、うす暗い橋の下のようになる・・・・画像:日本スポーツ振興センターより
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