コラム「住まい考察」#12.「永遠」に対する考えかたについて [コラム(blog版)]

何かを永遠に残したいという願望は、最近の思想からは縁遠いものとなっているように思える。いや、元来日本人は永遠より移ろいやすいものに魅力や共感を得る民族と言えるかもしれない。祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり・・・、往く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず・・・、そんな日本人でもやはり永遠に残したい!残すべきというものもある。 建築で見る永遠の見方は非常に興味深い思想感がある。伊勢神宮。木造建築が中心だった日本において永遠の建築は実質ありえません。そこで考えたのが、20年ごとに同じものを作り変えていくというシステムです。伊勢神宮は2棟同じものを建てて、片方づつ20年ごとに同じものを立て替えることで永遠に残そうと考え、現在に至っています。一方、これこそ権力の象徴で永遠を強く望んだ建物にピラミッドやパルテノンが存在する。石で堅牢に作り、永遠を託したが、長年の風雨には勝つ事ができなかった。ともに永遠を望みながら、弱い材料しか持ち合わせなかった日本人がシステムを作る事で実現させていることは、世界に誇れる知恵と言えるだろう。

ただ、このことが悪い影響も与えている事も事実だ。今になって100年住宅と言った耐久性をつ住宅を作ろうと言う動きが出てきてはいるが、建物なんて消耗品といったスクラップアンドビルドの風潮が蔓延していて、このことが非常に都市景観を悪くし、都市インフラとして残したい建物が非常に少ない原因とも言える。しっかりとした建物を造りたい!これは建築に携わっていれば誰もが望んでいることだ。一時期、仮設建築的思想がもてはやされたが、(その気持ちも理解できます。笑)仮設なりにしっかりとしたデザインやコンセプトを持ったものを作ろうといった心はとても強い動きだった。数年前より土地の鑑定も収益還元方式が導入され、数日前の新聞記事でも、更に不動産鑑定において、既存の建物でもその価値をキチンと判定しようとの見直し論が出ていた。これは非常に良い傾向だと思う。今までの、土地だけが価値あり建物はおまけと言った考えは無くなりつつある。これからはもっと、建物への感心が経済的にも高まるものと期待している。今まで日本は、「ゴミ」建物を造りすぎてしまった。そしてこの流れが定着するにしたがいますます、ゴミを増やすかもしれない。まるで不良債権のようだ。伊勢神宮で見られるスクラップアンドビルドはソフト部分、システムがすばらしいのであって、ハード、建物が20年持てばいいと言う事ではないことに気がつくべだ。時代の流れもリサイクル。安易な建物は淘汰され、良いものが増えていく事がインフラでもあろう。

代表取締役 伊藤 正

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